大分県立竹田髙等学校 熱中症死亡事件意見陳述書 被告と裁判長にぶつけた最後の母の思い…
公益社団法人大分被害者支援センター
N・K
「犯罪被害者の声第9集より」
この度は、結審の場で意見陳述書を読ませていただける事を感謝致します。
最愛の息子・剣太を亡くしてから裁判を決意し、これまでこの裁判に立ち合い感じた事を、母の思いとして述べさせていただきます。
息子・剣太を身ごもった時から、この子の幸せを願ってきました。
その息子が変わり果てた姿で私の手元に帰って来た日から、私達家族の生活は一変しました。
皆さんは、文章でしか「剣太の死に際」を知らないでしょう。私は、病院に運ばれた約1時間後からこの子の死に立ち合いました。
親ならば代わってあげたいほど苦しみ、最後は目も閉じず亡くなっていきました。
亡くなった翌日、司法解剖を終えやっと私の元へ帰って来た剣太は、顔が黒く変色し、強い腐敗臭までしていました。私は「剣くん…お家に帰ろうね…」と言いながら霊柩車に乗せられ冷たくなった息子を家まで抱いて帰りました。
剣太をこんな目に遭わせた人間を私は絶対に許しません!
しかし、法でしか闘いようがないのです。法がなければ絶対に仇討ちをしています!
私達はこの裁判の行方を見守る事を決意しました。
裁判が進むにつれ、顧問・副顧問の大人げない言い訳に腹立たしさと、このような教員に教育を受ける子ども達がいる事の恐ろしさを感じました。
剣太は亡くなった当日、決して歯向かう事が出来ない顧問に対し「もう無理です!」と命乞いをしました。それは、どれだけ勇気がいったことか。
しかし、顧問と副顧問は、その命の言葉を聞き入れる事はありませんでした。しかも、その言葉を無視するだけではなく、フラつく剣太に「演技をするな!」と蹴りを入れ、「気付け」と称してビンタを与え続けました。
そんな腹いせのような時間があったなら、もっと早く救急車を呼ぶべきだったはずです。もし、まだ自分で発声できていたこの時点で休憩をとっていてくれたら、病院に連れて行ってくれていたら命まで落とす事はなかったのではないかと思っています。
なぜなら、剣太は最後、水を飲み込む事も自力で立ち上がる事もできず、意識さえなくしてしまっていたからです。
その場に二人もの大人がいたにも関わらず!!
私は、このお二人にお聞きしたいです!
「■■さん。白目を剥いてガタガタと痙攣し、目の前で意識を失っているのが我が子なら手を肩の上まで振り上げて歯を食いしばり「演技するな!そげん演技せんでいいぞ。」と何発もビンタができますか?」
「▲▲さん。顧問が「▲▲先生、これは演技じゃけん心配せんでいい。」と殴られていたのがあなたのお子さんなら、その光景を「私はあまり部活に出ていないから。」と我が子が殴られる姿をじっと見ていられますか?」
人の子だから、ただの生徒だから、あなた方は平然とそんな行動がとれたんです!
これまで、剣道の試合で素晴らしい成績を収めたとか、素晴らしい指導をされたとか何人かの陳述書を出されても、私達が見極めたいのは平成21年8月22日に、剣道場で何が起きたのか!という事です。
剣太に何を強いて、どのような暴力があり、剣太はどうして命まで落とさなければならなかったのか!という事を、もっと直視して下さい。
「調査委員会による『調査報告書』を読んでいない。」などという言葉が通るとでも思っているのですか? あり得ない言葉です。
■■さん。顧問として責任を持って指導されている人間であれば、調査報告書を読んで原因の追及をして当然ではないですか?
核心をすり替えて逃げるばかりではなく、教育者として、社会人として人間としてきちんと向き合ってほしいと思います。
▲▲さん。剣道部の副顧問であるならば、「副顧問だから…」「剣道が5段だから…」「意見を言える立場ではないから…」と言い訳を並べず、顧問とどのような確執があろうと人命を優先するのが教育者であり社会人ではないですか?
その場にいなかったのなら仕方がありませんが、武道場の中で一緒に練習に参加していた事実は消せないのですから!
私は、そう思います。
後にわかった話の一つに、「剣太は死後4時間経った時点で、なお体内の体温が40.5度だった。」という報告がありました。
あなた達は、いったい剣太にどれだけの事をしたんですか!
剣太は内臓が煮えてしまっていたんですよ!
顧問は、尋問の際、剣太が意識をなくす直前の様子について、「おかしいと思わなかった。」「しっかり打っていた。口調もはっきりしていた。」竹刀を落として拾えなかった事に対しては「わざとしていると思った。」と言っています。
自己防衛にもほどがあります!!
その場にいた部員達は早くから剣太の異常に気付いていました。
部員の証言の中で、竹刀を落とした時『絶対におかしいぞ!』と思った。
一人で打ち込みをさせられていた時『もういっぱいいっぱいの感じでした。』
同じく一人で打ち込みをしている途中の剣太の様子を『だんだんおかしくて、体力がなくなってきて、何回か膝まずいたり、座ったりして、その時みんなで起こしてやっていた。』と言っています。
救急車を呼ぶ前の剣太の様子に関しては『目が開いてたけど白目なんですよ。白目で目が全然普通じゃなくて、死んだ目みたいにしてて…』と言い、その時の顧問と副顧問の様子について「先生達も慌ててなくて、普通だった。」と言っています。
普通に考えてみてください。
人として、まして教育者の目の前に白目を剥いてそれも子ども達が見ても明らかに死んだような目をしている人間が倒れていて、普通にしていられますか!
この状態から20分して救急車を要請したようです。
剣太は、この数時間後に人生の幕を引かなければならなくなったんですよ!
この裁判であなた方は、国家賠償法という法律により守られていると知りました。
今回提出された被告・■■からの準備書面の中にこのような事が書かれてありました。
公務員個人に対して被害者は直接請求できない。
被害者たる他人は充分な賠償能力のある国または公共団体を相手方として賠償を求めることによって完全に経済的満足を得ることができる。
たんに被害者が公務員個人の行為の道義性を問題とし、被害者の私的感情の満足ないし報復の充足をはかる以外なんらの実益も期待できない。
「バカにするのもいい加減にしろ!!」と言いたいです! 私は、ある方に「民事裁判は賠償金でしか争う事はできない。子どもを殺された親には金などどうでもいい事。我が子を金で換算などできるはずがない。しかし、この闘いは賠償金の1円が相手の罪の重さなんだよ。」と言われたことがあります。
ですから、これだけの事をした二人に罪の重さとして賠償をしてほしいと思います。
学校の中で教師と生徒間に起きた、絶対服従の中の暴力や暴言は許されるのですか?
これだけ犯罪的なことを公務員がしてもなお、国家賠償法は国民ではなく、公務員を守るのでしょうか、犯罪的なことまで守るのが国家賠償法でしょうか!
逃げ出すことすら選べず、真面目に二人の先生の言うことに従い続け、亡くなっていったこの子は死に損ですか?
そんな我が子を思うと、胸が締め付けられ、気が狂いそうになります。
もし、その時間に戻れるのなら、その場に行って剣太を抱きしめてやりたい。私がどれだけ殴られてもいいから剣太の上に覆いかぶさり守りたかった。
こうなる前に、救急車を呼んであげたかった!
身体を張って息子を守ることができなかったことが、母親として無念でなりません。
私達は、二十歳になった剣太を想像することしかできません。
きっと救命救急士になってオレンジのツナギを着て、きびきびと訓練する姿はかっこいいだろうな…とその姿を目に浮かべ涙を流すことしかできません。
来年の成人式にスーツを買ってやることもできません。
あの時、もっとちゃんとした対応をしてくれていたら、剣太は死なずに済んだんです。
病気でも何でもなく、部活をする為に学校へ行っただけなのですから。
「剣くん!お母さんの子どもに生まれてくれて、ありがとう。また、お母さんの子どもで生まれてきてね…次はもっと長く一緒にいてよ。」
その言葉をかけた時には、もう剣太の心臓は止まっていました。
どうか、この子の命の重さをわかってください。
この事件で奪われたのは尊い剣太の命だけではありません。
この子を愛して止まなかった家族や友人達の心にも深い傷を負わせてしまったのです。
17歳の子が、自分の「死」を覚悟する気力さえ失くし、倒れた無念さを思うと、私達は未だ「死」が頭をよぎるほどの絶望感に襲われます。
顧問・副顧問は、これから先の人生に夢を持ち真面目に生きた剣太の命を17年で止めてしまいました。しかし、彼らはこの事の重大さを直視する事なく、剣太は勝手に死んでいったかのような言い方しかしませんでした。
私はこの死亡事件をただの過失では片付けたくありません。
学校で一人の人間の一生を台無しにした事の重大さをもっと重視していただきたいと思います。