身勝手さが奪った夫の命
公益社団法人埼玉犯罪被害者援助センター
匿 名
「犯罪被害者の声 第18集」より
「おはようございます」「ただいま」「おかえり」「今日も1日ありがとうございました」
生前、元気だった夫の声は私が49歳の時に突然途絶えました。
昨年秋、自宅で夫は首吊り自殺をしました。2階からテレビドラマ平成版白い巨塔のミュージックをスマホからエンドレス状態で流していました。
5年前の秋、夫は仕事でお客様のご自宅へ向かう途中(職業は家などの壁紙を貼る職人、地域では腕のある職人とされ、私の父も夫の父(義父)は息子のために頑張っている人だと評していました)ひき逃げされ、目撃者の方の通報で、ドクターヘリで大学病院の救命救急科へ搬送されました。
右足動脈断裂による体内への大量出血、右足の膝の骨は3つに割れ、左足膝下複雑骨折、左腕複雑骨折(後遺症により握力を失う)、右手親指骨折、首の頚椎骨折と最重症の状態でした。
2日間に分け献血センターからいただいた前日分の血液を大量輸血をしていただき、私も約4 ヶ月毎日お見舞いなど行きました。弁護士や管理栄養士の方の許可をもらい、骨にいい弁当も作って持参しました。 (警察の交通課の刑事さんより)ひき逃げ犯(当時20歳女性)は朝8時35分頃、家出先より仕事か私用の用事に間に合わないと、地元の人のアドバイスにより危険な近道を教えられ、車で信号無視をし、夫の所へ飛び出して行きました。
目撃者の方が3名もいましたが、犯人は「死んでいるかもしれない」と怖くなったと逃走し、一度母親に電話をかけ帰宅するよううながされてしまいました。当然、犯人は自宅で逮捕、母親は夫の実家へ謝りに来ましたが、父親がいなかったため夫婦の責任であると指摘し、トヨタプリウスで夫婦で謝りに来た時は何と4日も過ぎていました。
父親は「仕事が忙しかったんだ」と地元の銘菓を勝手に実家の駐車場へ置いて帰ったそうです。交通事故の日から1 ヶ月半後、大学病院からU 市の総合病院リハビリテーション科へ夫は転院しました。リハビリスタッフの方々のおかげでようやく両手が使えるようになった入院中の夫に、40年以上親しんでいた知人から連日「ロープで首を吊ろうと思っている」「残された家族の事を思ったら電車に飛び込むのはやめよう」「善意ある若い人達の献血で輸血してもらったんだって?その人達がいてもいなくても(君は)死んでても良かったんじゃん?」と携帯に電話がありました。
外泊許可時、自宅の改修工事計画で夫は首吊り自殺用の階段の手すり設置を強く希望し(本人は自主トレのためと言ってました) U 市の総合病院のリハビリスタッフ2名、改修工事関係者2名、担当弁護士の方も気付けず工事は進められました (リハビリ主任の作業療法士の方は手すりは必要ないとただ1人おっしゃっていました)
退院後、夫は車の運転はドクターストップ(首の頚椎骨折で特にバックの時は危険が伴う)されました。3 ヶ月後に刑事裁判が始まり、加害者と母親が出廷し、裁判官に反省していると、(これからの人生厳しく生きるのは嫌だ)と泣く演技をして、執行猶予3年の判決になってしまいました。裁判傍聴に来ていた夫の両親は半狂乱していました。大海原か山奥か、本州を離れ北海道、四国、九州か沖縄は羽田か鹿児島まで行くのはちょっと面倒だな…とお酒の力を借りて逝こうと、でも私も一緒だから結局、旅行先では逝けませんでした。(障がい者手帳などの関係で旅費のほとんどが半額でした)(滋賀、軽井沢、函館は強行的に1人で、転職先の仲間とは那須)
転職できて無職という偏見から逃れられたはずでした。転職先へは夫は車の運転はドクターストップのため自宅から徒歩と電車で転倒予防の杖をつきながら通勤していました。「体力には自信があるから」と生活指導員の方の御指導のもと2ℓのペットボトルをいつも持ち歩いていました。
平成版白い巨塔のドラマがあった頃、夫の実家にアルコール依存症?の親戚がよく来ていて、兄が「警察を呼ぶぞ」と言っていました。「不審者が来たら警察を呼ぶぞ」と夫は生前に話していましたが、自分が原因で警察が来るはめになりました。
自殺の約1 ヵ月前、私の定期的受診のため、クリニックへ薬をもらいに行き(夫が付き添い)医師の顔をじっと見た後帰宅、焼酎を1ℓ飲んでいました。
2週間前にU 市の総合病院で夫は腸の検査。もしかしたらホスピタルスタッフでは一番コミュニケーションのあったリハビリスタッフの方々に助けを求めたかったのかもしれません。
その4日後、夫の実家で父に「お前がこんな体でなかったらなぁ…」と言われてしまいました。靴も慎重に店の方に聞きながら一番安い物を何度も買い替え、毎食ご飯にふりかけ、1本のソーセージを10個に切って1食1個ずつ食べる、服も襟、そでボロボロにすり切れたのを着て仕事に行ってくれていました。タオルも○市内で一番安い物を買い洗濯してもとれないカビの物を2人で使っていました。消えた電気も取り替えないまま、シャワーも水量は半分にして冬は3日に一回という生活をしていました。
心の優しい夫で料理を作ってくれていましたが自殺の2週間前からズボンのポケットに平成版白い巨塔のミュージックをエンドレス状態で流しながら作業をしていました。また寝る直前までかけていました。私が何となくもう一度クリニックへ行って医師に話を聞いてもらおうかな…就職活動のことで、でも医師は(私情を挟む人事部の面接官の事を)笑われるのが関の山かなと夫に話しました。
そして私が最期に聞いた夫の言葉は「S さんは何時何分頃ご自宅を出て出勤するの?」でした。夫は最寄りの総合病院へ緊急搬送後、医師が心臓マッサージしていて鼻から血が吹き出し、別の医師も私の顔を凄く躊躇しながら見てアドレナリンの注射を打っていました。心電図がTV ドラマのように一直線になっていて、その日限りの主治医の説明、最後に夫の両親の病院到着後、私と私の両親含め5人で死亡確認の告知を受けました。夫の顔は蘇生処置のために顔がむくみ動物のような恐ろしい顔をしていましたが、涙を流していました。
病院では夫の実家と私の実家(私は自分の実家の方へ)で別室に分けられましたが私の方が大声で奇声をあげていました。「働けと言いやがって!寝ててもいい、何もしなくてもいい、他の人の迷惑になってもいいじゃん、ただただ生きていて欲しかった」娘と結婚してくれた世界でたった1人の人の姿に病院で首にロープを巻いたままもろ見た私の両親は私とともに警察の事情聴収を受け、父は吐くのを抑え、母は下痢が続き、2日後に転けて悲鳴をあげてしまいました。
病院、警察、葬儀会社で夫の顔をエンバーミングケアをしてくださいました。火葬場、市役所へ行く道はどうしても加害者宅近くの道を通らなくてはならず、私は相当な我慢をし、夫の両親は夢遊病者のようにフラフラになっていました。
戦国時代井伊直政は関ヶ原の戦いで島津軍に受けた鉄砲傷が元で亡くなりました。直政は家族に「鉄砲を打った人を許してあげて」と言ったそうです。でも令和の現代は違います。検察も私達側の弁護士も知りあいの小学校の校長先生(人格者の方)も絶対に絶対に加害者を許してはいけない…と。
ヨーロッパは知りませんが、アジアは厳しすぎると言われますが、加害者は厳罰に処されるべきです。東池袋自動車暴走死傷事故の加害者は9名を負傷させ、亡くなられた2名の方々はTV 報道などされていますが、9名は名前も症状も報道されず(バイクと衝突しそのまま立ち去った俳優は2名負傷)、被害者や被害者家族の一生は加害者のそれよりも地獄です。また、報道はよく加害者側に注目します。でも、おそらく戦争やテロなどにより被害者側が多いはずです。同じ○市というたまに嵐のメンバーがバラエティのロケに来る平凡な町に夫の実家、私の実家、加害者宅とあり、私の2人の知人宅に加害者宅は挟まれています。そのうち1人はおそらく同じ中学校の1つ後輩(当時19歳)で、何度も何度もその知人に聞いてみようと思いましたが、その人を苦しめるだけになる、もし違っていたら私の働いている○市N地区の中学校の卒業生かもしれない…と恐ろしくてたまりませんでした。被害者側にも何か良い方法はないか…と節に願う日々です。
夫の友人より全国都道府県警(免許センター)の皆様へ。免許交付の時は必ず人格を見てください。受講者は免許を取りたくて演技をするでしょうが、スルーしてしまうでしょうが…他人に害を加えようとする人間、加害者は「オラ、どけよ」と思っているはずです。
○市の郵便局(本局)前で、自動車と小学生の自転車の衝突事故があり、小学生の男の子は倒れたまま、自動車の運転手は30代後半くらいの芸能人のような服装(ミンクのコート?古いでしょうか…?)の女性で、郵便局の階段の最上階に立ち男の子や目撃者、近所の方々郵便局員に大声でどなりあげていました。「この通りは帰宅時間にラッシュで混みあうって分かっているはずでしょう?」「あぁ、私時間通りに帰って綺麗なままご飯作っておかなきゃカレシ(もしくはダンナ)に嫌われちゃうじゃない〜〜〜〜 」
この手記を読んでくださり、ありがとうございました。お願いがあります。
たった1日の仕事の遅刻。
たった1日の私用の遅刻。
たった1日っていくらかかりますか?
取りかえしのつかない金額ではないと思います。
夫の命は何千兆円にも匹敵するんです。例え日本の法律は最高2億円くらいとかでも人の命とはそういう事なんです。47歳でした。あと35年くらい生きるはずでした。たった1日の信用…その信用すら取りかえしはすぐつくはずです。
家族と仲良くする努力をしてください。
健康に努めてください。
悩みがあったら誰でもいいから相談してください。
日本の交通規則は守ってください。親しい人達に感謝してください。
加害者の身勝手さが私の夫の命を奪いました。―
追記
―ある方が「彼は弱い人だったんですから…」と言いました。違います。自殺は勇気ありすぎる行為です。