犯罪被害者に寄り添い支える 公益社団法人 全国被害者支援ネットワーク

全国被害者支援ネットワークは、全国48の加盟団体と連携・協力しながら
犯罪被害に遭われた方々へ支援活動を行なっています。

犯罪被害者の声 二重の苦悩を抱える日々

二重の苦悩を抱える日々

公益社団法人にいがた被害者支援センター
自助グループ「ひまわり」
K.H
「犯罪被害者の声 第18集」より

あの日、長女を交通事故で亡くしてから、二重の苦しみが続いている。大事な娘を奪われた事による喪失感、そして加害者の言動による怒り、憎しみ。「買い物から帰ったらジィジが〇〇をお風呂に入れてね」と言った最後の笑顔が忘れられない。
私は、事故後、精神が安定せず、精神科にかかり、今でもカウンセリングを受け、睡眠薬に頼っている。また、体調も崩すことが多く、肺炎から常時酸素ボンベをつけての生活になってしまった。入退院を繰り返し仕事も半分しか出来ない、また私は不器用な人間だから一番の理解者であり支えだった娘がいないことは大変苦しい。家族に負担をかけている今の自分を不甲斐なく情けなく思う。
娘は4人兄弟の2番目、兄と弟2人に囲まれ賑やかな中で楽しく逞しく育った。みんなで一緒に出かけたときには、どこに行っても一番最後に誰も居なくなり暗くなるまで帰らなかった。家族一緒に過ごすのが何より楽しかったようだ。結婚式でこのことを書いて私たち夫婦に渡してくれた。里帰り出産中は家のなかでは娘が家族のまとめ役として生活していた。妙に楽しそうに家事をしている姿が印象的だった。きっと自分の家族の未来を想像していたのだろう。
2016年12月嫁ぎ先から帰省中に、突然起こった出来事だった。孫の1歳の誕生日の準備、正月の予定、新居への引っ越しの準備、これから訪れる忙しくも楽しみな日々、親族を新居に招いて過ごす計画、近い将来の夢も、娘はキラキラした笑顔で私に話してくれた。しかしそれは辛く悲しい記憶となってしまった。
娘を失った私たちに対する加害者の言動に、私は今でもこれでもかという程に苦しめられている。
加害者が誠実であれば許せるのかと問われると、仮定の話になるので正直に言ってわからない。加害者になってしまったときに、加害者にとっての誠実さとは何なのか。それが非常に困難な問題であることはわかっているつもりだ。
それでも、加害者の言動は、私にとっておよそ受け入れられるものではない。

事故直後救命措置を行わず、救急車が現場を離れる前に「店の客」という人に電話をかけていた。ボンネットに跳ね上げて、 車底部に巻き込み、後輪で轢いた重症である娘の前で。そんな時にさえ自分を優先した行動をとるのだから、もともと人の命を軽んじているとしか思えない。 
病院に来たようだが挨拶もなく、娘の死後知らない間に帰っていた。こちらから呼び出すまで来なかった。北海道の葬儀場でも、遺族が事故状況を繰り返し尋ねたが、事故の様子を説明せず、葬儀後は挨拶もせず帰った。「私が殺したんですよね」「私も苦しんでいるんです」「ご飯も食べられない」と、自分だって苦しいという話ばかりを聞かされた。
事故状況の説明は警察の事情聴取が終わってからすると言ったが、その後1度も説明しないまま、弁護士を通じて説明することを拒否した。結局、加害者は事故の原因を今だに説明しない。
加害者の言う事は変わっていった。最初は眩しかったと弁解したが、後で眩しいことは原因ではない。路外車のウインカーについても変わった。路外車が気になったことが事故の原因のように言っていたが、ずっと路外車を見ていたわけでもない。私は毎日ずっと現場に立ち尽くし、何度も何度も事故状況をシミュレーションした。娘が轢かれた状況を。本当に地獄だった。加害者の言うことが変わっていくのだから、いくらシミュレーションしてもわからなかったはずだ。そして、加害者が言っているような事故など起きえないことだと、いやという程わかった。
電話で加害者と話をした際、「私は人殺しですよね」「申し訳ないと思っているのにさ」「それなのにののしられてさ」「私も死んだほうが良いですかね」などと、まるで友達に話すように言ってきた。本当に何を考えているのかと思った。
加害者からは、一度も謝罪の意を受けたと思えない。事故について嘘をついていても、言葉で「すみませんでした」と言えば謝罪したことになるのか。 たしかに、謝罪の意思を相手に伝えることは難しいことなのだろう。それにしても、加害者の言動から謝罪と受け取れるものは一切なかった。むしろ、その「申し訳ないと思っているのにさ」という不遜な態度は、私たちを幾重にも傷つけた。 娘を失い、さらに、その命を奪った相手からなぜこんな仕打ちを受けなければならないのか、怒りを抑えることができない。
さらには、刑事裁判では事情聴取の時と違う事故の原因を言っても、何らお咎めなし。民事裁判でも、事故状況を一切説明しないまま終わってしまった。 加害者の対応は私たちだけでなく、裁判を馬鹿にしていると思うが、裁判というものはそういうものなのか、理解ができないし納得もできない。
加害者が起こした事故によって突き付けられた出来事は、私にとって本当に耐えきれないことばかりだ。家を飛び出して娘が乗せられた救急車を見た時のこと、病院で娘の容体の変化を見ていた時のこと、医師から酸素の管を外す許可を求められた時のこと、 お寺に安置する前に、まだ引き渡し前だった新居の中を、棺を持って歩いた時のこと、そのどれもが、今でも現実のことかと疑う。