「心情等伝達制度への思い」〜制度を利用して〜
公益社団法人被害者支援センターすてっぷぐんま
K.K
「犯罪被害者の声 第18集」より
私は、2013年に当時7歳だった一人息子を交通事故で亡くしました。加害者は、同じ地区に住む高齢男性でした。脇見運転をして路肩にいた息子に気づかず、後ろから撥ねたのです。息子は、何が起きたのかもわからないうちに、一瞬にして全てを失ってしまいました。
私たち夫婦は、被害者参加制度を利用して刑事裁判に参加しました。そこでわかったのは、加害者は自分の過失を認めてはいるものの、自分がしてしまったことの重大さが全くわかっていないということでした。被告人質問で「息子を失ってから、私たちがどんな思いでいるか考えたことはありますか?息子がどんな思いで亡くなっていったか考えたことはありますか?」と尋ねると、加害者はあっけらかんと「考えたことはありません。」と答えたのです。私たちは息子を亡くしてから地獄のような毎日を送っていたのに、加害者は、息子や私たち遺族に思いを寄せることもなく過ごしていたということを知り愕然としました。「申し訳ない気持ちでいっぱいです。」と言いながら、目の前にいる私たちに頭ひとつ下げません。他人事のような顔をして被告人席に座っていました。その上、弁護人と一緒になって「100メートルも200メートルも脇見をしていたわけではない。」などと言い訳ばかり。 私が泣きながら必死に読み上げた心情の意見陳述も、耳が悪くて聞こえていない様子でした。
裁判が終わっても悔しい気持ちでいっぱいでした。私たち遺族の苦しみは、何ひとつ伝わっていません。息子の命を軽く見られていると感じました。「このままでは終われない。加害者にきちんと苦しんで欲しい。私たちより苦しむべきだ」と思いました。なんとかして息子の命の重さをわからせたいと、毎日そればかり考えていました。
そんなある日、被害者通知制度によって保護観察所から通知が届きました。中には加害者の保護観察が始まることのお知らせと、被害者が利用できる制度が紹介されている冊子が入っていました。刑事裁判の判決は禁固1年6ヶ月、保護観察付きの執行猶予4年だったのですが、保護観察が付いていれば、 更生保護の「心情等伝達制度」を利用することができるのだということを、その冊子を読んで知りました。加害者に対して言いたいことがたくさんあった私は、すぐに制度利用の申し出をしました。主人は「もうこれ以上、加害者と関わりたくない。」と言うので、私一人が制度を利用することになりました。
4年間の保護観察期間中、私は何度も保護観察所に足を運び、計13回の心情伝達をしていただきました。13回と聞いて、皆さんは「多い」と感じますか? 私はこれでも足りませんでした。言いたいことは、あとからあとから溢れてきます。終わりにすることなどできません。「なぜ保護観察中の加害者にしか制度を使えないのだろう。なぜ期限があるのだろう」と疑問が湧きました。
また、制度の利用を始めたばかりの頃に、被害者担当観察官から突然「もうこれ以上、心情を伝達することはできません。」と言われたことがありました。「この制度では同じことは二度伝えられない。前回あれだけ詳細に心情を伝えたのだから、もう言えることはないでしょう。」という理由でした。あまりのショックに身体が震えました。まだまだ言いたいことはたくさんあるのに、このまま諦めろというのでしょうか。伝達を断られる理由も理解できず、頭が真っ白になりました。
結局、同席していた被害者担当保護司が取りなしてくれ、伝達をしてもらえることにはなりましたが、観察官の言葉に絶望した私はどうしたら良いかわからなくなり、被害者支援センターすてっぷぐんまに相談に行きました。
私の話を聞いて、すてっぷぐんまの事務局長や相談員さんたちがすぐに動いてくださいました。保護観察所へ行き「被害に遭われた方は、同じ気持ちがずっと続くものなのです。」と担当官に理解を求め、さらに、心情の聴取時に相談員が付き添いをすることの許可も取ってきてくださいました。私は、ショックで保護観察所へ行くことができなくなっていたのですが、相談員さんに付き添いをしていただけるようになったおかげで、なんとか制度の利用を再開することができました。そうして、制度を利用していく中でいくつかの疑問点や問題点にぶつかった私は、いつも相談に乗っていただいていた弁護士の先生(すてっぷぐんま理事)や相談員さんたちと一緒に「心情等伝達制度についての勉強会」を立ち上げました。まずは、誰が何の目的でこの制度を作ったのかを調べました。そして、それを礎に3年以上かけて制度の改善点などを「心情等伝達制度に関する要望書」(2019年11月完成)としてまとめ、翌年の7月には、ご縁をいただき、その要望書を法務省へ提出することもできました。
私たちはその要望書の中で、加害者が保護観察中である場合に限らず、受刑中や執行猶予中の場合にも被害者が心情等伝達制度を使えるようにして欲しいということも訴えました。裁判が終わったばかりの時期にこそ、被害者は言いたいことをたくさん抱えているはずだと考えたからです。そして、昨年(2023年)の12月から新たに始まった「刑の執行段階における被害者等の心情等の聴収・伝達制度」によって、被害者は、受刑中の加害者に対しても心情を伝えることができるようになりました。私たちの要望が、ひとつ実現したのです。
新しい制度は注目され、新聞などでも取り上げられました。その結果、この制度の存在が多くの人に知られるようにもなりました。でも、手放しでは喜べません。なぜなら、そのほとんどの記事が「加害者を更生させるための制度」として、この制度のことを紹介していたからです。
かつて、蚊帳の外に置かれていた被害者や遺族たちは、加害者に言いたいことがあっても伝える術がありませんでした。「なぜ自分や大切な家族がこのような目に遭わなければならないのか。加害者は、裁判が終わったら終わりだと思っているのではないか。事件のことなど忘れて何事もなかったかのように暮らしているのではないか」…そんな様々な思いを抱えていた被害者たちから「加害者に心情を伝えたい。自分たちが置かれている辛い状況を知って欲しい」という声が上がり創設されたのが「心情等伝達制度」でした。
もし、制度の目的が「加害者の更生」となってしまったら、「被害者が心情を伝えても加害者が更生しないのなら、心情等伝達制度には意味がない」という誤解が生じる恐れがあります。私はそれが心配です。加害者が更生しようとしまいと、被害者には伝えたい思いがあります。それを伝えられること自体が価値のあることなのです。
私は、この制度のおかげで救われました。残念ながら13回心情を伝えても、加害者に私の思いが100% 伝わったとは思えません。でも、裁判で伝えきれなかった思いを加害者にぶつけることができました。繰り返し心情を吐き出していくうちに自分の気持ちを整理することもできました。裁判だけではわからなかったことを知ることもできました。何より「息子のためにできる限りのことをした」と思えます。そう思えることが、前に進む力になりました。
加害者の更生に役立てることも良いことだとは思いますが、この制度は、まずは被害者のための制度なのだということを忘れずにいて欲しいと思います。一人でも多くの被害者が「できる限りのことをした」と思えるよう、これからも心情等伝達制度が被害者に寄り添った制度であり続けていくことを心から願っています。