私のお兄ちゃん

菊 地 利 佳

 「明日が来ることは、奇跡なんだ…。」
 お兄ちゃんを失って、初めて気付いた。
 リカには、5歳離れたお兄ちゃんがいた…。  一瞬にして、兄という存在を奪われた。
 そう、恐ろしい交通事故という犯罪で…。
 「行って来ます。」お兄ちゃんが家族に告げた最後の言葉だった。
 まさか、そんな事故が起きるとは思わなかった。
 だから、その日の朝はお兄ちゃんと話す事もしなかった。
 今になっても、お兄ちゃんの「ただいま。」を待ち続けている。
 リカは、これ以来、学校に行く時も、遊びに出かける時も、「行って来 ます。」と言えなくなってしまった。
 お兄ちゃんとリカが、笑って泣いて過ごせた時間はたったの10年間 だった。  こんな長い長い人生の中のたったの10年間…。
 「なんで、リカのお兄ちゃんなの?」  毎日のように、心の中で叫んでた。
 どこにでもいるような普通の兄妹…。いつも隣にいることが当たり前…。
 だから、いつになっても兄の死を受け入れることができない自分がい た。
 お兄ちゃんに対する自分の気持ちを文章として表すことで、少し楽にな る。
 何枚もある写真を見て泣くリカに対して、写真に映るお兄ちゃんは、い つも笑っていた。
 思い出をたくさん見返してみたら、両親が仕事に行っている時に、小学 生だったお兄ちゃんが、小さいリカに寂しい想いをさせないようにいつも 一緒に遊んでくれていたことを思い出し、胸が痛くなる。 お兄ちゃんのケイタイは、もうなくなってしまった。
 辛い時、悲しい時、電話にでないって分かってながら、お兄ちゃんのケ イタイに電話してたことを覚えている。
 声が聞きたくて… なんか答えてほしくて…
 今でも、リカのケイタイのアドレス帳には、お兄ちゃんのケイタイ番号 が入っている。
 お兄ちゃんの分まで、頑張らなきゃいけないことも、強くならなきゃい けないことも、十分わかってる。
 だけど、だけど…もう心に嘘はつけない。
 1分でいいから、1秒でいいから、リカのお兄ちゃんに会わせてほしい。
 リカの名前を呼んで欲しいの。
 生きてたら、当たり前にできる事が、当たり前にできない、この辛さ…。
 この辛さは、みんなに分からないと思う。
 今、1番辛いこと…。それは、リカには目に見える兄妹がいないこと。
 全部、過去にしかなくて。今、リカの隣にはいない。
 こんな悔しい事、これから生きてる中で、絶対ない。
 でも、1番辛くて、悔しいのは、やりたかった事も我慢して、たくさん の想いを残して1人で天国に逝かなきゃいけないお兄ちゃんなんだよね…。
 リカは19歳になった。
 14歳だったおにいちゃん…。ふと思うと、お兄ちゃんと過ごせた10 年。お兄ちゃんと離れて10年。 同じ10年なのに、こんなにも幸せが違うんだね。
 24歳になったお兄ちゃんは、もう結婚しているのかな?
 パパとママの初孫は、お兄ちゃんの子供だったはずなのに…。
 お兄ちゃんに何もしてあげられなかった、自分の無力さが情けなくて、 情けなくて仕方ない。いなくなってから、いろんなおみやげや食べ物を 買ってあげても、喜んでくれるお兄ちゃんがいなきゃ、何をしたって意味 がない。
 お兄ちゃんに伝えたい想いは、声や言葉にならなくて、形を変えて涙し かでてこない。
 2000年9月25日は、リカの人生の中で、すごくすごく辛い日です。
 こんな事になるなら、過去で止まってほしかった。
 誰にでも、生きてれば、辛いことも悲しいこともあります。
 楽しいことよりも、きっと辛いことのほうが多いと思います。
 でも、家族が全員そろって、笑ってられる。
 大切な人が傍にいて、何でも乗り越えられる。
 そして、1日1日生きていること…。
 これ以上の幸せは、どこを探してもないと思います。
 リカのお兄ちゃんは、リカのスーパーマンです。
 いつまでも、いつまでも、リカの心の中で生きています。
 目には、見えなくても、支えてくれて、なんかあると守ってくれて…
 そんな兄がいるリカは、本当に幸せものです。
 お兄ちゃん? 光明寺に行って来たよ。
 ご本尊様にお願いして来たよ。
 六地蔵様にもお願いして来たよ。
 だからお兄ちゃん泣かないでね。
 いつかきっと笑顔で家族全員揃うよね…?
 菊地良和の妹になれたことを誇りに思います。
 ありがとう。 利佳より